『後藤清吉郎作品』展

平成15年11月から平成16年3月開催


展示作品

1 型染絵
2 ウルシ型染絵
3 金唐和紙
4 漉き合わせ
5 金唐和紙のできるまで

型染絵
後藤清吉郎写真


 ―後藤清吉郎先生(1898〜1989)の紹介―
 後藤清吉郎先生は、明治31年に大分県に生まれ、東京や京都の関西美術院で日本画・洋画・デザイン・染色などを学び、戦前から染色家として活躍されました。
 昭和20年に富士宮市に来住してからは、全国の紙漉き場行脚を続け紙漉きの研究をし、駿河半紙を復活させました。さらに、型染・ウルシ・印伝・金唐革紙等を和紙工芸に応用して新分野を開くなど、和紙工芸の発展に大きな功績を残しました。
 また、国画会工芸部に所属し、公民館の成人学校講師を長い間勤めて多くの門下生を輩出し、富士宮市の芸術文化の向上に大きな役割を果たされました。
 昭和53年には、手漉和紙の静岡県指定無形文化財保持者に認定されました。
 ―後藤清吉郎略年譜
明治31年(1898)  5月4日、大分市大道町に生まれる。
明治39年(1906)  8歳で福岡県門司市に転居。
明治44年(1911) 13歳で画家を目指し上京。
日本画家尾竹竹坡等に師事して日本画を学ぶ。
大正3年(1914)  関西美術院に入院する。
昭和元年〜3年 インド更紗及びカーペット研究のため渡印する。
(帰国後は市川の病院に勤めながら染色の作品を
文展・帝展に出品し入選する。)
昭和20年ころ  戦争のため染色の布が入手困難となり、紙を代用する。
昭和20年(1945) 富士宮市に来住。
(柳宗悦の勧めで日本中の紙漉き場行脚を始め、3年
で全国をまわる。)
昭和25年(1950) 国画会工芸部会員となる。
昭和29年(1954) 『紙譜帖』を出版する。
昭和33年(1958) 『日本の紙・東日本』を出版する。
昭和34年(1959) このころから紙の博物館研究嘱託となる。
昭和40年(1965) 中国の紙及び工場を見学する。
昭和42年(1967) 成人学校第1回日本画教室講師を勤める。
昭和46年(1971) 勳五等瑞宝章を受ける。
昭和48年(1973) 市内下条に手漉和紙工房をかまえる。
昭和50年(1975) 金唐革紙の型棒を譲り受け復元に取り組む。
大坂阪急百貨店で個展を開催する。
紙の原点を求めネパールに一ヶ月間滞在する。
昭和53年(1978)  静岡県指定無形文化財保持者(手漉和紙)認定。
韓国の紙の研究で全羅南道・北道に滞在する。
昭和59年(1984) 「郷土文化展−後藤清吉郎展」開催。
『手漉の紙』を出版する。
平成元年(1989) 7月9日、91歳で逝去。
平成7年(1995) 「和紙の美−後藤清吉郎遺作展」開催。

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